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2008年1月12日 (土)

漢文を教えるのに大切なこと

 国語の授業の中で漢文は少々厄介な位置づけにあるものです。返り点や送り仮名をつけて古代中国語を読むこと自体に抵抗があったり、そもそも中国古典文学を読むことに意味を見出さなかったりする人は生徒だけではなく、大人にもたくさんいます。教師仲間にもいます。冗談交じりだとは思いますが、漢文をいくら勉強しても中国人と話せない。だから学校で漢文を教えるのはもう止したほうがいいのではという意見もしばしば聞きます。確かにそれは事実であり、私たちは漢文教育の際に学習の意義の説明からはじめなくてはなりません。

すなわち、日本の文化は古代中国文化からの影響を色濃く受けており、自国文化理解にはその知識が不可欠であること。今までのグローバリズムは欧米主導で行われてきたが、今後は中国や韓国など漢字文化圏のアジアの国々との交流が不可欠であり、その基礎になる漢文の知識は今後の外交にも必要であること、など話の種はいくらでもあるわけですが、中高生にはピンと来ない話であり、結果的にはセンター試験で配点の25%が漢文だからやりなさいなどと「卑怯な」手口に走ってしまうのです。

漢文を教える際に大切なのは、行間を読むことにあります。省略の多い漢文のスタイルを読みこなすのには、読者側の知識によって補わねばならないことが多いのです。その補いのためにはいわゆる古典常識とわれわれが呼んでいる作品世界の背景に対する知識が欠かせません。それを知っているのとそうでないのとでは、読解にたどり着く苦労が大変違ってくるのです。

漢文の世界では身分が下の者が、国王などの目上の者に教え諭すという逸話が数多くあります。たとえば蘇秦のような戦国時代の遊説家は諸国を渡り歩いて自分の政策を国王にアピールして仕官します。つまり、自分の技を王に買ってもらうわけです。これが現代日本人、特に中高生にはピンときません。王様に向かって政論を述べるのは命がけです。失礼なことをいえば命にかかわります。だから、直接ああしろ、こうしろとは言わず、何かにたとえて持論を展開し、相手に悟ってもらうという間接的な論法になります。漢文で動物が出てくる逸話が多く見られるのはこうした理由があるのです。

 これはほんの一部ですが漢文を読む際には、古代中国人の人生観や価値観を大雑把に知っておいたほうがよいし、実はその知識の法が大切かもしれないのです。こういったことを私はよく考えるのですが、では生徒に向かって漢文を講じるときにどこまでそれを伝えているかといえば、はなはだおぼつかない。句形を覚えるのがテストで点を取るのには近道です、などと繰り返して生徒をいわば脅して勉強させているのです。漢文(古文もそうですが)の本当のおもしろさを伝えられる国語教師にならなければといつも反省しているのです。

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