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2008年12月25日 (木)

メディア・リテラシーという考えを進めると

 リテラシーとは活用能力ということのようです。本来は読み書きの能力のことらしく、手持ちの辞書にもthe state of being able to read and writeと書いてあります。この言葉はもしかしたら中学生でも知っています。教科書や副読本に書いてあるのです。この言葉の上に何かをかぶせると、そのものに対する活用能力という意味になるそうです。コンピューター・リテラシーというとコンピューターを利用するための基本的な技能があるか否かということになるとのことです。

 わたしが大学生の時のゼミの研究テーマの一つがニューメディア論でした。そのころは携帯電話を持っている人はごくわずかで、パソコンの普及もこれからという段階でした。そのころ使っていたパソコンはコマンドを文字で入力していたことを思い出します。当時のニューメディアで一番の話題はISDN回線を利用した双方向通信システムでした。インタラクティブという言葉を頻繁に使うのが一種の流行だった気がします。
 現在でははるかに高速な回線が引かれ、携帯電話の普及も進んだので学生時代に集めた論文のコピーが骨董品のように感じます。そのころは一部の技術者か少なくとも理科系の大学か専門学校を卒業した者だけが独占すると考えられていたさまざまなニューメディアが、今では小学生でも使うきわめて一般的なものになってしまいました。

 リテラシーという言葉はその当時はとにかく使える力と思っていたのですが、ここに来て使いこなせる力、もしくはその機能を自分本位で限定的につかえる力として、いまは認識しなければならないようです。最近、中高生の携帯電話の使用に関して批判的な論調が多く見られます。学習の障害になるというもっともな意見もありますが、それよりも犯罪を誘発する悪因をどのように考えるのかの方が深刻な問題のようです。中高生には携帯電話というメディア・リテラシーが未熟なのであり、それを教えるシステムも整備されていないことに問題があります。

 忘れてはいけないのは携帯電話を買い与えたのはその親であることです。小学生に安全のためという理由で携帯電話を買い与えておいて、その使い方を十分に決めないうちにいろいろな問題を引き起こしたあとに責めるのでは、子供にとっては理不尽きわまりないことでしょう。
 親も含めて国民のメディア・リテラシーを向上させることを考えなくてはなりません。

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