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2009年4月 8日 (水)

ロックの流れる阿修羅展

 昨晩、現在東京国立博物館平成館で開催されている「国宝阿修羅展」に行ってきました。興福寺創建1300年記念の展示です。実は「阿修羅ファンクラブ」なる不思議な企画の観覧券を使って入場しました。通常の開館時間は午後6時までですが、それ以降はこのファンクラブ会員のみが入場できるということで入場者が限定されており、その分ゆっくりと観ることができました。
 この展示の主人公である阿修羅像の表情は非常に人間的であり、簡略化された造形でありながら心理のゆれ動きを見事に表現していました。三つの顔の表情もそれぞれ特徴的でした。また背面もガラスケースなしで観ることができたのには感激しました。八部衆や十大弟子像なども間近に見ることができたのは貴重な経験でした。
 音声ガイドにはこの企画の仕掛け人であるみうらじゅん氏や高見沢俊彦氏の案内まであり、その方面でも楽しめました。ロックの音楽が流れる国立博物館とはミスマッチの極地ですが、なかなかいいものでした。

2008年5月29日 (木)

コマ劇場営業休止

 報道によると新宿コマ劇場が年内に営業を休止するそうです。何度か観劇をした劇場だけにとても残念です。
 コマ劇場は中学時代の同級生のお父様が勤務されていた縁で招待券をいただいて観劇したのが最初だったと思います。その後、歌謡ショーに行ったと思うのですが、記憶が曖昧です。最近では韓国のミュージカル冬のソナタやウィーン版エリザベートの公演を観ました。
 どこか庶民的なイメージの強い円形劇場で独特な味わいがありました。周辺が歌舞伎町の繁華街で、劇場内外のギャップが特徴でした。最近は近代的な設備を備えた劇場がたくさんできていますので、休業は仕方ないのかも知れませんが、やはり残念です。

2008年2月23日 (土)

陵墓調査に期待

 読売新聞のニュースによると、奈良市の神功皇后陵に考古学者の調査が入ったといいます。これまで天皇陵など皇族の祖先の陵墓は発掘ができなかったのですが、大きな方針転換があったようです。今後の発見が日本の古代史を豊かにし、より正確な姿が解明されることになるでしょう。
 天皇陵の多くは、その実態はよく分かっていないらしいです。ついている名前と本当の被葬者が一致している保障はありません。古事記や日本書紀などの文献からそれと推定(それを比定というらしいのですが)されているに過ぎません。
 私は学生時代から何度も奈良や明日香の地を歩きました。山のような前方後円墳を見て驚いたものです。山辺の道にある崇神天皇陵や景行天皇陵は特に記憶に残る巨大古墳です。これまで知りたくても近づけなかったこれらの天皇陵伝承地にも調査が入れば、古代の歴史は一挙に鮮明なものになる可能性もあります。
 ただし高松塚古墳が腐食しているように、調査はある意味で破壊にもつながります。細心の注意と、高度な技術によって調査がおこなれることを期待します。

2008年2月15日 (金)

六日のあやめ 十日の菊 十五日のチョコレート

 昨日はバレンタインでした。私は沢山の義理をいただき、また義理の負債を負うことになりました。チョコレートを贈る習慣はヨーロッパにもあり、一説によると19世紀のロンドンの菓子会社がバレンタイン・ギフト用に売り出したチョコレートの詰め合わせに起源を持つといいます。日本ではもっぱらチョコにこだわる風習がありますが、外国ではそれ以外でもいいし、贈るのは男でもかまわないようなのです。
 さて、このバレンタインは古代ローマの2月15日に行われていたルペルカリア祭の前日ということに意味がありました。この祭りは男女が別に暮らす習慣のあった古代ローマの「性の解放」を意味するものであったようです。前日の14日にくじ引きで男女のカップルが決まり、15日の祭礼をともに過ごすのです。結婚にいたることも多かったといいます。わが国における歌垣のような年に一度の非日常だったのでしょう。
 この古代の祭はその後禁止されましたが、キリスト教聖職者ウァレンティヌスは、恋する男女のために禁を破って男女の結婚させたといいます。これに怒ったローマ帝国皇帝クラウディウス2世はウァレンティヌスを2月14日に処刑しました。これがバレンタインの起源というのです。性の解放という原始的古代的な祭事を当時異教徒であったキリスト教に結びつけ、迫害の材料にしたのだろうという見方もあります。
 つまり私たちは忘れてしまった(というより知らない)2月15日の古代の祭りこそバレンタインの習慣を生み出す大切な一日だったことになります。現在のように年中無休で恋愛を行う生活にあっては、バレンタインの意味はその原初の頃とはずいぶん違っていることになります。5月6日や、9月10日とはまったく意味が違うのです。

2008年2月12日 (火)

源氏物語千年紀

 今年は源氏物語成立から1000年にあたる千年紀とされ、さまざまな記念行事や出版が企画されています。昨日は読売新聞の社説にこのことが取り上げられていました。源氏物語の成立や来歴に関しては諸説がありますが、紫式部日記の記述から今年をその年とするようです。54帖に及ぶ長編小説である源氏物語は、通読する人が少ない作品とも言われます。「須磨」のあたりでギブアップする須磨がえりは伝統的な読者像であり、この作品の奥深さを示すものでもあります。
 白状しますと、私も実は現代語訳でしか通読したことはありません。それでもずいぶん苦労して読みました。平安朝の貴族文学は、その当時の歴史的背景や人生観価値観が分からないと理解しきれない部分があり、それが読解を妨げるのでしょう。ただ、単なる恋愛ドラマに終わらない複雑な人間模様は、現代の文学の原点といってもいいものであり、読むたびにさまざまな発見がある作品といえます。
 古典作品はさまざまな時代の荒波にさらされ、それに耐え抜いてきたことに価値があります。ここ数年を例にとっても古典文学に対する価値観は大きな変化がありました。たとえば、好景気後に続いた不況の時代に、全国の大学の文学部の多数が縮小されたり、再編成されたりしました。すでに「文学」の名さえ失ってしまった大学も数多くあります。虚学である文学研究の人気がなくなり、何らかの実利的なイメージを持つ学部名にしなければ学生が集まらないというのが改名の理由だったと思います。
 不景気の急降下が終わって、小康状態がみえた今日(統計上は好景気ということですが)、再び古典文学を読む余裕が人々に生まれたのでしょうか。昨年以来、定年を迎えたいわゆる団塊の世代の先輩方も、退職後の教養として古典文学に注目する方が多くいらっしゃるようです。古典を軽視し、自らの文化を考える余裕のない民族に未来はないと私などは思います。今回の源氏物語千年紀はその意味で古典を見直す「お祭り」として楽しむべきではないでしょうか。

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